数について考える
河山 |
ところで、そもそも数とは一体どういうものでしょうか?数は普段私たちが何の疑問もなく使っているものですが、どういうものか改めて考えるとこれほど説明が難しいものもありません。数が何物かはっきりしないかぎり、それを扱う学問が科学になりうるのかどうか判断することができないと思います。 例えば、私の手元にある辞書で「数」を調べてみると、次のようにあります。 |
かず【数】①一つ、二つ、三つなど、ものを個々にかぞえて得られる値。この概念(自然数)を拡張した抽象的概念(普通には「すう」と呼ぶ)をもいう。[1]『広辞苑 第6版』(新村出編、岩波書店、2008年)P.527、強調は原文ママ
そもそも「一つ、二つ、三つ」自体が「数」ではありませんか?それを「数」の定義に用いるのはおかしいでしょう? |
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山川 |
たしかに、これは同じ意味の言葉を反復しているだけであって、なんの説明にもなっていません。この説明から「数とはなにか」を知ることはできませんね。 「数」とは一体どういうものかを知るために、私は数学の入門書を何冊か読んでみました。しかし、私が読んだ限りでは、どの本も「数」そのものに対する説明は上の辞書以上に満足できるものではありませんでした。例えば、数学者彌永昌吉の著作『数の体系(上)』から自然数の基本的な性質について説明した文章を抜き出してみます。 |
(1)自然数は1からはじまり, 次から次へと進んでゆけば得られる数である. それらの数全体の集合がNである.
(2)自然数は、ものを数えるときに使われる数である.
(3)自然数には、大小の順序がある. たとえば1<2, 2<3等. a, bを任意の2つの自然数とすれば, a=bであるか, a<bであるか, b<aであるかのいずれか1つ(1つだけ)が成り立つ. (b<aのことはa>bとも書く.)[2]『数の体系(上)』(彌永昌吉著、岩波新書、1972年)P.62
(1),(2)は, 自然数はどういうものかを述べたものである. 自然数の説明としては, (2)が最もふつうに用いられているものであろうが, ‘ものを数える’ということの意味は, それほど簡単なものではないことは前章に述べた. また(1),(2)とも’自然数とは, これこれの性質を持つ’数’である’という述べ方をしている. それが了解されるためには, ‘自然数’を知る前に’数’を知らなければならない, どちらが先なのか, という批判もなされよう.[3]前掲書P.63
山 |
彌永氏が述べている自然数の性質は、いずれも「数」に対する私たちのイメージとほとんど同じといっていいでしょう。しかし、この説明からは、そもそも「数える」とは何なのか、「数」とは何かについては——著者自身も認めているとおり——まったくわかりません。 このあと本文では、自然数の基本的性質(本文では10個挙げられている)をもとに、数学で使われる自然数の体系を証明によって組み立てていきます。もちろん、基本的な公理から数学的体系としての自然数を組み立ていく過程は、数学を学ぶ上で重要な意義があります。しかし、今回私たちが知りたいのはそれではないはずです。 |
河 |
そうです。私はそもそも「1」や「2」が何なのか、「ものを数えること」が何なのかを知りたいんです。 |
山 |
私が不満に思ったのもそこです。私が読んだ数学入門書では、この点を「常識」とみなして何の説明も与えていませんでした。 では、本を読んでもわからないことは、私たち自身で考えてみましょう。 もちろん、私たちは数学者ではありませんし、数学で使われる「数」の厳密な定義を決めることは私たちの手に余ることです。しかし、定義はいつでも条件付きで正しいものです。定義の厳密さの程度は、それがどういう目的で使われるかによって決められるべきです。数学という学問の中では厳密さが求められますが、私たちが普段の生活でものを数えたり計算したりする範囲内ならば、厳密でなくても十分役に立つ定義もあります。 数学の専門家でない私たちは、後者の「数」、つまり日常生活で使う「数」とは何かについて考えることとしましょう。 |
私たちはどのように数えているか
山 |
以下に花束の絵画を掲載しました。パブリックドメインの画像を提供しているサイト 1からダウンロードしたものです[4]ダウンロード元 https://www.oldbookillustrations.com/illustrations/camellia-narcissus-pansy/ 。この絵画 2を使って数について勉強してみたいと思います。 |
山 |
絵に描かれている花を数えてみましょう。花は全部でいくつありますか? |
河 |
えーと、11個あります。 |
山 |
正解です。では、花の種類はいくつありますか? |
河 |
3種類です。右上の花がスイセンで、左上の紫の花がパンジーですね。下の赤と白の花の名前がちょっとわかりませんが……。 |
山 |
実は、この2つは八重咲きのツバキです。花の種類は3つであっていますよ。もう一つ質問、1つのスイセンの花に花びらはいくつありますか? |
河 |
えっと……白い花びらは6枚あります。でも、黄色い花びらが何枚あるかは、絵を見るかぎりはっきりわからないですね。 |
山 |
失礼、ちょっと意地悪な質問をしました。ここでは次のことに注目してもらいたかったのです。つまり、ものを数えるときは何を「1つ」とみなすかによって数え方が異なってくるということです。 例えば、花を数えるときは複数の花びらが1つのまとまりになったものを「1つ」とみなしました。一方、花の種類を数えるときは、形や大きさといった特徴が同じ花を「1種類」とし、同じ種類であれば複数の花であっても「1つ」とみなしました。よって、数える対象は同じでも、「花」を数えるのか「花の種類」を数えるのかによって数が異なってきます。花の数は11、花の種類は3というように。 また、花びらを数えるときは、花の一部分である花びら一枚一枚を「1つ」とみなしました。花としては1つだが、花びらとしては複数あるというわけです。これも何を「1つ」とみなすかによって数が変わってくる例といえます。 |
河 |
文章にすると回りくどいですが、難しいところは少しもありませんね。このような思考は私たちが普段の生活で頻繁に行っているものです。 |
山 |
そうです。当たり前のことなので私たちは通常それを意識することはありませんが、数について考えるときはこの思考プロセスを細かく分析することが大事になります。 何を「1つ」とみなすかについてもう少し考えてみましょう。 先ほどは複数の花びらの集まりを「1つ」の「花」とみなしましたが、何をもって「1つ」の「花」とみなすかについては他の考え方もあります。例えば、同じ茎に複数の花がついている場合、茎1本を「1つ」の花と考えることもできます。また、桜や梅の木のように、同じ枝に複数の花がついている場合もあります。 日本語では、これらを呼び分ける言葉があります。複数の花びらが1つに集まったものは1輪と数えます。茎ごとに数えるときは1本、枝ごとに数えるときは1枝です。このように数の後ろにつく「輪」「本」「枝」といった言葉を助数詞と言います。 日本語は他の言語と比べて特に助数詞が豊富な言語です。助数詞の例として、人間を数えるときに使う「人」、歩数を数えるときの「歩」、細長いものを束ねたものに使う「束」などがあります。「人」や「歩」と異なり、「個」「本」「枚」といった助数詞は非常に幅広い対象に用いられます。特に「個」の場合は、ほとんどすべての「もの」に対して使えるといっても過言ではありません。 |
河 |
助数詞は、私たちが何をもって「1つ」とみなしているかを表しているといえそうですね。 |
山 |
そのとおりです。ここでいう「1つ」とは、単位と言い換えることもできるでしょう。例えば、「花を数える」というのは「花」1つ分がどのくらいあるか調べることですが、このとき「花」一つ分が数える単位です。一般に「〜を数える」というとき、「〜を」の部分が数えるときの単位になります。 以上を踏まえて、「数える」という行為を一言で説明すれば、次のようになります。 「数える」とは、ある単位「1」を決めた時、それが対象のうちにどれだけあるかをはかること。 ここでいう「単位」とは「1つ」とみなすものにほかなりません。 今回は、花の絵を見ながら「数える」とはどういうことかについて考察しました。 以上の話を踏まえて、次回は「数とは何か」について考えてみます。 |
第9回に続く
Notes:
- https://www.oldbookillustrations.com/ ↩
- 絵の作者は18・19世紀ベルギー(当時は南ネーデルラント)出身の画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ(1759-1840) ↩
References
↑1 | 『広辞苑 第6版』(新村出編、岩波書店、2008年)P.527、強調は原文ママ |
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↑2 | 『数の体系(上)』(彌永昌吉著、岩波新書、1972年)P.62 |
↑3 | 前掲書P.63 |
↑4 | ダウンロード元 https://www.oldbookillustrations.com/illustrations/camellia-narcissus-pansy/ |